校舎の入口に立ち、新入生と保護者を最初に迎える一枚である。その場の空気を背負うつもりで、筆を入れた。この規模の看板をワープロで作る学校はあるだろうが、毛筆でしかも自前で書ける学校は秋田県内でどれくらいあるのだろうか。
2026年4月7日火曜日
2026年4月4日土曜日
テリトリー
犬がテリトリーを示すように、隙あらば筆を入れる。歓迎会の横看板も、その一枚である。今回は会の幹事長を務めた。ならば、書もまた、その責を負うべきだと思った。
以前、会場で自分の書を見て思った。―こんなに小さかったか。だから今回は、遠慮をやめた。壁に貼るのではない。場を引き受けるつもりで書いた。
2026年4月3日金曜日
2026年4月1日水曜日
先生の激励
ネットオークションで、偶然見つけた。この書きぶり、そして用いられている印。大学時代にお世話になった先生の作品に違いない、そう思った。
作者不詳として出品されていた。購入価格は1000円。入札は入っていなかった。だが、本来はそんな値段で手に入るものではない。迷わず手を伸ばした。
先生が色紙の本を出版された折、そのときに書かれた一枚を、かつて譲っていただいた。その色紙は、今もアトリエにある。あの一枚と、この一枚。
どこかでつながっている気がする。
「しっかり稽古しなさい」
そう、今も言われているようである。
2026年3月24日火曜日
人の手前にあるもの
山はただそこにあるだけで、圧倒的である。だが、その手前には誰かの暮らしがある。柱を立て屋根をかけ、風を受けながら日々をつなぐ場所。
遠くの白さに目を奪われながら、人はその手前で生きている。
この距離こそが、風景の意味である。
(撮影地:大仙市・払田の柵)
2026年3月23日月曜日
2026年3月21日土曜日
2026年3月20日金曜日
2026年3月19日木曜日
2026年3月18日水曜日
2026年3月17日火曜日
2026年3月16日月曜日
2026年3月15日日曜日
2026年3月12日木曜日
2026年3月11日水曜日
巡回展
半切1/2の額をできるだけ生かすため、紙をぎりぎりまで長く使いました。白楽天の詩を書き、第65回新年書き初め展同人展に出品しました。
「えっ?秀作美術展に出した作品じゃないか?」そう思った方、するどい。巡回展です。作品も、もう少し働いてもらいます。せっかく書いたのですから、一度きりではなく、できるだけ多くの方に見ていただきたいものです。実は気に入っているのです。
2026年3月10日火曜日
標(しるべ)
県内の文芸作家とのコラボで提供していただいた短歌を書いた。
「先頭の犬の巻尾を標(しるべ)とし歩む家族に初春の雪」
「標」は“しるべ”と読むが、少し読みにくい字である。しかし、ふりがなを振れない作品形式なので読む人の歩みを止めないように、ここはひらがなで「しるべ」と書いた。
書は、読む人の呼吸まで考える表現なのだと思う。第65回新年新年書きぞめ展同人展出品作品。
2026年3月9日月曜日
おい 聞いたか
おい、聞いたか。
2026年3月8日日曜日
2026年3月7日土曜日
岩手銀行赤レンガ館
岩手県盛岡市の岩手銀行赤レンガ館。
赤レンガの建物は、外から見ると堂々としている。けれど中に入ると、時間はゆっくりと流れている磨かれた木の階段。何人もの人が上り、下り、そして去っていった場所。
窓の向こうには、緑青のドーム。外の街は変わっても、この建物の中には静かに積み重なった時間が残っている。
2026年3月6日金曜日
2026年3月5日木曜日
報恩寺の五百羅漢
岩手県盛岡市の報恩寺の五百羅漢。光と陰を意識し、像の立体感が浮かび上がるように心がけて撮影しました。堂内は思いのほか暗く、だからこそ、差し込むわずかな光の大切さをあらためて感じます。羅漢の表情はひとつとして同じものがなく、静かな光の中で、それぞれが語りかけてくるようでした。
2026年3月4日水曜日
校名を揮毫
卒業証書ホルダーの校名を揮毫しました。
本校のホルダーには“まち”があり、証書に折り目をつけることなく、そのまま収めることができます。たったそれだけの違いですが、三年間の歩みを折らずに手渡すという意味では、とても象徴的な工夫だと感じています。包むものは紙一枚でも、その内側には時間と記憶がある。校名の一画一画に、静かな門出への願いを込めて筆を入れました。
2026年3月3日火曜日
祝詞
同窓会青麻会の祝詞を揮毫しました。門出に立つ卒業生へ先輩方からのまなざしと祈りを、一字一字に込めて。節目の式典に、筆で関われることは何よりの光栄です。言葉は声を越え、時を越えて残るもの。その一端を担えたことに、静かな誇りを感じています。
2026年3月2日月曜日
伝統の歌声 完全復活
伝統の歌声が、完全復活。
コロナ禍で出席者を制限していた卒業式。今年は在校生が全員出席し、全校生徒がそろって歌声を響かせることができました。いつから歌われているのか、正確な年数は分かりません。けれど少なくとも五十年以上。時代の移ろいの中で一部の曲は変わりましたが、同じ曲を、同じ曲順で、同じアレンジで歌い継いできました。卒業生の保護者の方なら、きっと一緒に歌えるはずです。
しかも来年新体育館が完成のため、この体育館で行う最後の卒業式。半世紀以上にわたり歌声を受け止めてきたこの空間に、全校生徒の声がそろって響いたこと。その「完全復活」が、この場所で叶ったことに深い意味を感じます。
声は建物を越えて受け継がれる。この体育館は確かに満ち足りた響きに包まれていました。
卒業式での歌声はこちらに。
卒業式での校歌(混声四部合唱)
2026年3月1日日曜日
卒業式の立て看板
卒業式の立て看板を書きました。いつものパワフルはひとまず封印。昂ぶりを抑え、平常心で。秋田県内で自前の毛筆による卒業式看板を用意できる学校は、そう多くはないと思います。だからこそ、手を抜くわけにはいかない。
派手さはなくとも、節目にふさわしい強さを込めました。
2026年2月27日金曜日
席札
卒業式の席札の揮毫を依頼された。もちろん安請け合いは得意なので、二つ返事で引き受けた。来賓が席を確認するため前垂れをのぞき込む光景を何度も見てきたため、本校では机上用の小さな席札も用意している。さらに下足棚用まで必要となり、同じものを二部作ることになる。
そこで、心の奥に潜む“怠け心”がささやいた。「コピーして切れば済むだろう」と。原稿を書き、コピーし、切った。見事にずれた。結局、楽をしようとした代償として、余計な手間を背負うことになった。仕方なく同じものを二枚書く覚悟を決め紙を用意したが最後に、ずれないように1枚ごと切るという“当たり前の発見”にたどり着いた。
横着は創意工夫を生まない。ただ仕事を増やすだけである。
2026年2月26日木曜日
2026年2月25日水曜日
つい、書いてしまった
「つい、書いてしまいました。」
卒業祝賀会の横看板です。
万事テキトーな私ですが、横看板だけは妙に几帳面になります。割り付けを計算し、設計図まで起こすあたり我ながら往生際が悪い。横書きは適当に書くと見事に破綻するのです。
当初は「令和7年度」と算用数字で進めるつもりでした。ところが、「七の波たくは一画目だな」などと余計なことを考えた瞬間、つい漢数字で書いてしまいました。さて、ここで気がつきました。二行目の「78」をどうするか――。
「七」が漢数字だから漢数字でいくのか。「78」だけを算用数字で一マスに押し込むのか。一行目に合わせて漢数字にするのか。二行目だけ算用数字にして知らん顔をするのか。たかが数字、されど数字。書き手の小さな矜持が、どうでもいいところで顔を出します。
結局、統一。無難という名の敗北か、整合という名の救済か――そのあたりは、見る人にお任せします。
2026年2月23日月曜日
2026年2月22日日曜日
2026年2月21日土曜日
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▲蜀素帖「呉江垂紅亭の作」 ◇原文 断雲一片洞庭帆 断雲一片洞庭(どうてい)の帆(はん) 玉破鱸魚金破柑 玉(ぎょく)は鱸魚(ろぎょ)を破(やぶ)り金は柑(かん)を破る 好作新詩継桑薴 好(よ)し新詩(しんし)を作りて桑薴(そうちょ)を 継ぎ 垂虹秋色満東南 垂虹...
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一般漢字半紙段位課題「十七帖の断筆について」 学習用「三井本」十七帖 □断筆とは何か 断筆(だんぴつ)とは三井本にある用筆法で、画の転折部分でいったん筆を離し、そこよりわずかに位置を移して筆を入れ直し次の画を書く書き方を言います。 王羲之の十七帖の真跡はすでになく、今日残っ...
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令和2年度全県新年書初め展 [高校・一般半紙の部]課題風信帖 □ 原文 忽披枉書。已銷陶爾。御香兩裹。及左衞士。督尊書状。並謹領訖。迫以法縁暫闕談披。過此法期披雲。 □ 訓読 忽(たちま)ち枉書(おうしょ)を披(ひら)き、已(はな...
























